プロフィール

つっちー

主筆:つっちー
九州方面某田舎在住。
三十路男。偏屈。理屈屋。
人生ザッピング。
最近、妻に逃げられました(マジ)。

カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | 【--------(--) --:--:--】 | Trackback(-) | Comments(-)
匿名性とか、収益性とか・・・(匿名はまだ必要)
ネットにおける匿名性というのは、利点もあれば、問題点もあるなどということは、今ごろになって、議論をするべきことだとは思えない位に議論され尽くした感もある。けれども、現在のネットを取り巻く環境が退化(というのは、利用者にとって技術的な後退をするということ)する事は考えにくく、これまで進んできた方向を考えれば、より身近に、より簡単にという方向へと進んでゆく事は想像に難く無いのでは無いかと思う。思えば、テレビのチャンネル設定とて、近頃はデジタル放送に対応して、ボタン一つで全ての設定が終わり、各種レコーダーも番組表まで自動取得をする。通常の利用方法をとる時にチューニングする必要性はほとんど無い。ネットとて同様の方向に進んで行くのではないかと思っている。それは間違いでは無いとも思っている。

2000年前後にまとめられた「「匿名」による批判の禁止ルール」というのがある。著者の名をとって、黒木ルールなどと呼ばれる事もある。久方ぶりにとあるはてなダイアリーで書かれている日記でその名前を目にした。このルールは読めば解るが、格別に間違った事を書いているルールでは無いけれど、匿名である事の利点は、TV電話が普及しない理由と同様に恐らく完全な否定は出来ない。

匿名である事の利点は、取りも直さず、好き勝手なことが出来るという点と多少の恥は掻き捨てる事が出来るという点、さらに、基本的に何かの厄介ごとに巻き込まれることが無いという三点だと思う。この利点は大きい、私が下調べ不足で何かを書いたとしても、精々、何処かのBlogでこき下ろされるぐらいで済む。実生活に被害を及ぼす可能性は限りなく低いと言って良い。

同様にTV電話が普及しないのは、相手に見られることの無いコミュニケーション手段であると言う事だ。寝起きであろうと、風呂に入っていようと大丈夫であるという点が利点となっているから、TV電話が普及しない。今後、技術革新が進んで、さらに、鮮明で、リアルタイムの動画が再生できたとしても、TV電話は恐らく一般化しない。好きな人に告白する瞬間、直でなく、電話でするとしたら?それは、TV電話では意味をなさないでは無いか。

今月に入って、SNSに加入した事は書いた。SNSを「村社会」的だと多少批判気味のことを書いた事もあったが、やってみると面白いなと思うこともある。本来的には、本名での加入が妥当なのかも知れぬとも思われるが、存外、本名でない名前で登録している人も居る。緩いコミュニティーなのだなとも思う。もっと、クローズドなイメージが強かったが、入会そのモノも数人の友人を辿るなりすれば、問題なく入会できるようだし、それほどのものでもないなという印象を持った。

で、隣国・韓国でも日本以上にネットが一般化してきていて、ネットカフェの数は相当な数にのぼり数ヶ月前には、ネットカフェで死んでしまった人さえも居た。そんな韓国では、「Cyworld(サイワールド)」というSNSがほぼ一人勝ち状態で居るらしい。詳細は、PCWEBのこの記事を読むのが良いかも知れない。このサービスは、入会する時にかなり詳細な個人情報を入力する必要があって、日本でいう所の「住民基本台帳」の番号なんかも入力しなければ入会できないらしく(韓国語に疎い)、個人の特定など容易である。このサービスが来春、日本に来るというけれども、恐らく、そこまで大きなブームにはならない。匿名性が低すぎるというか、皆無である事が大きな障害になるということだ。そもそも、ネット上のサービスが基本的に無料であるという点から始まった。利用者増加のためには仕方の無い措置だったのかも知れない。けれど、それを「どうやって稼げる形にするのか?」に誰もが頭を悩ませ続けている。アフィリエイトが流行っていると言った所で、もっと確実な形での収益方法が無ければ厳しいことなど解り切っていることで、誰もがそれを模索している段階なのだと思う。そんな状況で、匿名性を否定することは困難な事なのでは無いかとも思う。淘汰されるのは良い。より良い形のモノが残るならば。けれど、改悪を重ねて、見えない方向へと流れて行きかねない気もしている。五年後どころか、来年には、画期的な「何か」が生み出されて、劇的な変化を遂げているのかも知れないけれど、今のところは、まだ、こんな段階なんじゃないか?と思っている。


日記才人に参加中です。
下のボタンは投票ボタンです。よろしければ投票お願いします。
初回は簡単な登録作業が必要です。




スポンサーサイト


周辺雑記・日記 | 【2006-02-18(Sat) 16:26:59】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。