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つっちー

主筆:つっちー
九州方面某田舎在住。
三十路男。偏屈。理屈屋。
人生ザッピング。
最近、妻に逃げられました(マジ)。

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節分について・・・(豆まきと恵方巻)
昨日は節分であった。一年の内には色々なイベントが当然あるわけだが、その全てのイベントを完全にこなしている人は稀有なのでは無いかと個人的には思っている。出来る限り、参加しようとは思うが、それは不可能に近い。冬至には、柚子湯に入って、カボチャを食べるとか、子供の日は菖蒲湯だった気がするし、無論、大晦日には年越し蕎麦を食べるし。そんな中で、子供の年齢が大きく関係するイベントがこの「節分」で、小さな子供が居る家庭ではまず間違いなく、節分が行なわれているモノと判断する。

そもそも、節分の由来は、中国の故事に則ったもので、立春、立夏、立秋、立冬のそれぞれの季節の変わり目の前日を「季かれ目」として考え、「節分」と相成ったという事だったと読んだ気がする。特に、この立春の前日を節分と言うのは、旧暦の正月にあたる立春前ということで、現在の大晦日に近い感覚なのだと考えれば宜しいらしい。現在の暦とは違っていて、どうも説明されてもイメージがわかないが。

豆まきは「厄落とし」(中国では追儺(ついな)と言う)の意味で、悪い病気にならないようにという意図があっての行為である。掃除が大変だとかそう言う事は言ってられないわけだ。陰陽師では無いが「呪」という観点から考えると、一見意味が無い行為であっても、そこに名前がついて風習化してしまった以上は、やらないよりはやった方が良い気がして、今年は実家に居る事でもあるし、豆まきを行なう事になった。近所のスーパーで「豆まきセット」を購入して、「一人豆まき」を行なった。歳の数だけ食べると言われるが、この歳になると既に味気ない大豆をポリポリと食べるには辛い数になってしまうが、ルールはルールである。歳の数だけ食べた。五十代、六十代、七十代の人々も歳の数だけ食べるとなると結構辛いのでは無いかとも思うが。

続いて、近年、コンビニなぞでも、予約受付をしている「恵方巻」。関西の風習であるというが、我が家は「似非関西文化」の家であるから、この習慣が元々無かった。しかし、弟が何を思い立ったか、自分は食べないくせに(弟はいなり寿司以外の寿司を食べない)、太巻きを買ってきて、人数分置いていったので、食べてみる事にした。その方向を向いて、食べては見たが、あんな巨大な太巻きを一本食べられるわけも無く。半分程度で、家族全員が戦意喪失。見事に食べかけの太巻き残る始末となった。元々、モノが捨てられない体質の母親がその太巻きを捨てられるわけも無く、食べかけの太巻きは翌朝の朝食の食卓にも進出してくる事になったのである。こうして、今年の節分も幕を閉じる事になったのである。早速、母親が風邪をひいているのは一体どうした事か?と思うわけだが。


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周辺雑記・日記 | 【2006-02-04(Sat) 15:14:52】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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